【書評No.28】この国のかたち(1) 司馬遼太郎の想いにふれる

座右の書を一冊あげろといわれ真っ先に思いつくのは、司馬遼太郎の「坂の上の雲」。本嫌いの自分を本好きにさせてくれたのが司馬遼太郎。

「梟のから読み始め、大学卒業までにはほとんどの著作を読み終えているのですが、「この国のかたち」だけは積読となっていました。

司馬遼太郎といえば、長編の歴史小説という印象が強かったため、短編的な要素が強い本書に手が伸びなかったこともありますが、なんだか人生の楽しみがひとつ失われてしまうような気がしていたのかもしれません。

「この国のかたち」は、1986 年から1996年までの10年間にわたって、文藝春秋にて連載され、主に日露戦争に勝利して以降の日本への想いが綴られており、全6巻から成り立っています。

自分の大好きな司馬遼太郎の想いに触れながら、感想など書き連ねます。

この本(記事)はこんな人におすすめ
  • 日本を代表する歴史作家、司馬遼太郎に興味のある方
  • 日本とは何か。本物の日本(人)論に触れたい方
  • 日本の歴史が大好きな方

この記事を書いているGeroge(父)は、都内在住のサラリーマン。通勤電車のほぼ全てを読書に費やし、年間100冊程度の本を読んでいます(プロフィール)。また、家庭菜園も10年くらい楽しんでいます。

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目次

日本という国家の成り立ちについて

「何がきっかとなって国家が成立するのか」という問いに対する一つの答えは「外圧」です。

古代日本では、5世紀ごろから独立した豪族同士の緩やかな連合体として「大和政権」が形成され、645年の大化の改新で律令制が導入され、統一性の高い国家が成立したというのが通説となっています。

しかし、この過程で大規模な内戦のような出来事はあまりなかったことについて、司馬遼太郎は奇妙な印象を受けたと述べています。では、なぜ7世紀になってこのような統一国家が生まれたのでしょうか。

その答えは中国大陸における「隋」という統一国家の興隆にあるようです。

ただし、日本の場合、隋による直接的な侵略を受けたわけではなく、むしろ「情報」が大きな役割を果たしたとされます。情報を通じて想像が生まれ、恐怖が広がり、共有の感情が生まれたのです。

この点、19世紀における帝国主義列強に対する情報と、それによって侵略されることへの恐怖が日本の明治維新を促したのと似ていると指摘されています。

また、国家の成立の際の思想や理念も多分に外国から取り入れてきたというのも日本の特徴のひとつです。

けー(中1長男)

日本は島国だから、外との線引きがはっきりしているんだよ。それが、外部に対して過敏な気質や民族性につながっているのかもしれないですね

George(父)

思想は本来、長い年月をかけて社会に浸透し、その中で血肉となるものですが、不思議なことに、日本に関してはそれが「外部」からもたらされているように思います。
司馬遼太郎が「この国のかたち」というタイトルをつけ、自分なりの日本論を綴ろうとした理由が、私にもわかる気がしました

明治の革命思想であった尊皇攘夷

「明治維新の革命思想は貧弱」であるという。明治維新のスローガンは「尊皇攘夷」

尊皇攘夷とは、「異民族はうちはらえ。王を重んじよ」という発想です。これは血気盛んな若者のナショナリズムに近い思想であり、威勢はあるものの、近代社会を築くための豊穣な思想とは言えません。

大正時代から敗戦までの間に「近代」そのものが痩せ衰えてしまったことを踏まえれば、この思想の貧弱さが理解できるだろう。司馬遼太郎はそう述べています。

ナショナリズムは本来、静かに眠らせておくべきもので、無理に刺激すると国家や民族を滅ぼしかねないという考え方です。

George(父)

日露戦争の勝利から敗北への要因の一つを、この「尊皇攘夷」というナショナリズムに見ているのです。

また、「尊皇攘夷」という思想は、異民族から圧迫を受けて成立した「宋」から輸入した朱子学にルーツを持つ思想であるといいます。

朱子学は、宋の置かれた特殊な状況から生まれた一種の危機意識がその根底にあり、時代を超えて通用する普遍的な考え方ではありません。にもかかわらず、江戸時代にはこの朱子学が官学として採用されていました。

この朱子学は200年以上にわたり水戸藩で研究され、幕末には尊皇攘夷思想の先駆けとなり、最終的に討幕に至ったい明治維新という革命のの舞台に影響を与えたと、皮肉混じりに指摘されています。

雑貨屋の帝国主義

日露戦争に勝って以降、日本はおかしくなってしまったと司馬遼太郎は指摘しています。

対ロシアとの決戦に備えて急ごしらえした日本の海軍。本来、大規模な海軍はイギリスをはじめ国外に植民地を多く持つ国が必要とするもので、当時の日本にそれは必要なかった。

しかし、日露戦争で勝った高揚感と海軍という組織の自己増殖により生きながらえてしまい、これが太平洋戦争につながった遠因であるとの考えは大変興味深かったです。

日本も、日中・太平洋戦争に至るまでの過程では、朝鮮や満州に支配領域を広げましたが、結局、そこで売りつけていたものは絹と砂糖と雑貨が主なもので、こんなチャチな帝国主義のために国家そのものが滅ぶことになった。

大衆も、ギリギリの勝ちを拾得ことで帰着した日露講和条約の内容に不満を持つなど、国全体で自らの国力を勘違いしてしまった。

George(父)

司馬さんの「一人のヒトラーも出さずに大勢でこんなバカな40年(日露戦争の終結から敗戦まで)を過ごした国があるだろうか」という言葉がとても印象に残りました

統帥権の無限性

戦争を経験した司馬遼太郎自身が、昭和前期の日本という国家が一体どのようなものであったのかを理解できないと述べています。

満州事変とノモンハン事件は、関東軍による陸軍参謀の独断行動であり、後に大本営に追認させる形をとりました。この「関東軍」は中央の統制が効かない暴走する出先機関の代名詞とされています。

これらの出来事は、泥沼の日中戦争から太平洋戦争に至る破滅のきっかけとなった出来事であり、「関東軍」の責任は極めて重大でした。しかし、なぜ1方面軍である関東軍に、このような独断専行を許容したのか。

司馬遼太郎は、「国家の統治能力がまともに機能していたとは思えない」と嘆いています。実際に、明治初期に存在していた立法、行政、司法の三権分立が昭和時代に変質し、統帥権が独立し始め、ついには三権の上位に立ち、ある種の全能性を持つようになりました。

参謀たちは無限に近い権力を持ちながら、責任を問われることはなく、逆に、満州事変やノモンハン事件を引き起こした者たちは出世したというのが実際のところです。

こうした状況の原因は、明治維新の際の革命思想や尊皇攘夷の遺産、歪んだ天皇制ファッションと愛国心による参謀たちの狂気に起因しているという単純な説明もできますが、それを理解しようとすることは容易ではない(したくない)とも述べています。

George(父)

司馬遼太郎はノモンハン事件について書こうと取材を数十年続けたものの、あまりの気持ち悪さに、書く気力が消失したらしいです

「ちゃんとした統治能力をもった国であれば、泥沼に陥った日中戦争の最中に、ソ連を相手にノモンハン事変(1万人の死傷者を出して敗戦)をやるはずはないし、その2年後、「元亀天正の装備(織田信長の時代)」でアメリカを相手に太平洋戦争をするだろうか」

George(父)

日本と日本人を心から愛している司馬遼太郎にとって、昭和前期がどれだけ理解に苦しむ時代であったか、その気持ちが痛いほど伝わっってきました

まとめ

つらつらと印象に残った部分を紹介しましたが、「この国のかたち」第1巻は、泥沼の日中戦争と太平洋戦争に突入した日本の愚かしさに対するなんともいえない司馬遼太郎の無念さを感じることができる内容でした。

司馬遼太郎の作品はどれも「日本という国と日本人への愛」が感じられるのですが、本書では、日露戦争終結から太平洋戦争の続く破滅の歴史に対する忸怩たる想い痛いほど伝わってきます。

「あとがき」には、この辺の想いと司馬遼太郎がなぜ日本の歴史への考察を深めていこうと考えたのか、がその理由とともに記されています。

戦争を経験された方の言葉は重いです。ますます司馬遼太郎のことが好きになりました。

司馬遼太郎ファンのみならず、多くの皆さんに読んでいただきたいと心から感じた一冊です。

George(父)

残りの5巻もしっかり読んで、司馬遼太郎の想いへの理解を深めたいと思います。書評も順次アップします

けー(中1長男)

最後まで読んでくれて、ありがとうございました〜。
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この記事を書いた人

40代都内サラリーマン🧑‍💼 妻1人、子供3人の父
新しいもの好きで飽きっぽい性格。人生とことん楽しむために、仕事も頑張る
座右の銘は「知らぬが仏、忘れるが勝ち」
↓このあたりをテーマに不定期に配信します
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